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モーニングスター

                  

モーニングスター Brack deer

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 荒い息が草原に響く。獣、それも手負いの肉食獣を連想させるような息遣いだった。いや、それはまさしく獣だった。自分が生き残る、それだけを考え、そのためならば他の者を排除することも厭わない、獰猛な獣だ。

 その者の前にはすでに者とは呼べなくなった一塊のモノがあった。それはつい先ほどまで動いていた者、今はただ冷えていくだけのモノだ。

 いったいどうすれば人体をここまで破壊できるのか。そもそも原型を留めている部分がほとんどない。強いて言うならば右掌は無傷だが、それとて手首と離れていては無事とは言えないだろう。

「は、はは、やった、今日も生きられた…」

 ヒトを一人殺しながら、しかしその者に後悔の色は見られなかった。あるのはただ安堵のみ。狂人に堕ちる寸前の表情のなかでも、その感情だけは見て取れた。

 震える手でポケットからなにかを取り出す。見た目はスマートフォンのようだが、いったい何の目的でそんなものを取り出したのだろうか。そいつはその画面を食い入るように見た。

「これで星は…2016個。あと半分、あと半分で…」

 あと半分でどうなるのか、その者は口にできなかった。背後から飛来した鉄球がその口を永遠に封じてしまったからだ。

 

 

 その鉄球の持ち主はそこから50mほど離れた藪の中にいた。

「…たぶん2000かそこらだろう。折り返しに入ったな」

 今しがた殺人を犯したというのに、この青年にも後悔は見られなかった。この青年には安堵すらも見られなかった。まるで感情そのものが抜け落ちているかのように。または感情など持っている余裕など無いかのように。

(この殺し合い(ゲーム)が始まってもう半年か。こんな調子じゃもうあと一年はかかるだろうな)

「はあ、これが本当に遊び(ゲーム)ならよかったのに」

 そう、これは殺し合い(ゲーム)であって、遊び(ゲーム)ではない。まるでどこかのヴァーチャルゲームを彷彿とさせるようなフレーズだが、これはデータで作られた怪物を相手にするわけではない。人から生まれ、人として生きてきた者たちが、人ならざるモノの力を使って殺しあう。

 誰が、何の目的で、どのようにして行っているのかは全く不明。分かっていることは4000人の人間が一つの島に閉じ込められていること。死んだ者は夜空に星として表示されること。そして最後の一人になるまで脱出することはできないこと。

 閉じ込められている4000人(今となっては1983人だが)はお互いに何の関りもなかった者たち。逆に言えばお互いに関りがないと分かるほど調べ上げられ、選び抜かれた者たちだった。

 最初の日など、まさにゲームのようだった。4000人もの人間がみな一様に拉致され、眠らされ、目が覚めたときには見知らぬ土地に移動させられていたのだ。三文小説でももっとマシな筋書きを作るだろう。

 しかしこれが現実に起こると笑えない事態となってくる。ただ拉致されるだけでも混乱するには十分だろう。そのうえ互いに殺し合い、少なくとも最後の一人は自分で殺さなければ脱出することができない、などと告げられては狂乱しても尚足りないだろう。

(なにより驚いたのはこの武器だな…。こんなもん現代の技術じゃ作れねえだろ)

 ただ殺し合え、と言われても人は殺し合いなど始めないだろう。よしんば始まったとしても、それは体力や筋力がある者が生き残るだけだ。どうにも主催者はそれではつまらないと思ったようだ。

 そこで与えられたのが武器だった。素手で殺し合うよりも現実感が薄れるため、殺し合いが起こりやすくなる。なにより使い方しだいではか弱い子供が屈強な大人を倒せるような、現代の技術では作りえないような謎の武器。

 それらは様々であり、同じモノは一つたりとも存在しなかった。大刀、小刀、匕首、手裏剣、西洋刀、刺突剣、蛇腹剣、手斧、弓、投石器、弩、鎚、多節棍、薙刀、槍斧、鎌、円月輪、鞭、鋸……。いくら挙げてもきりがない。

(その辺の土から弾丸作って撃てるライフルすらあるってのに…。俺に与えられたのはこれだもんな)

 この青年の武器はなんともつかない、不可思議なものだった。与えられたのはちょうど掌に収まるくらいの棒と直径10cmほどの鉄球だった。棒には握りやすくするためかゴムが巻かれていたが、それ以上は何もない。棒と鉄球を結び付るものなど見当たらない。ならばさきほど男の頭を吹き飛ばしたとき、この青年はどうやって鉄球を投げたのだろうか。それも50mもさきの人体を破壊するほどの威力をもって。

(あまりにも使いづらすぎる。遠くからじゃないと使えないってのに、遠くからじゃ当たらない)

 がさ、と10mほど横のほうで音がした。青年は瞬時に緊張をみなぎらせ、例の棒を右手で握った。すると棒からぼんやりと光る鎖が伸び、それは鉄球と結びついた。

(この距離じゃ回してる暇はない。不意打ちで絞め殺すしか…)

 あまりにも近すぎるために逃げることすらできず、戦う覚悟を決めた青年の前に現れたのは…一羽のウサギだった。

(…緊張しすぎか。殺したのは二週間ぶりだから無理もないか…)

 まずは休むことにしたのか、青年は隠れ家に向けて移動を始めた。

 

 

 そこは人が隠れ家にできる場所ではなかった。一見するとただの洞窟だが、よく見ればそこら中に毒蛇がいる。まさに蛇の巣窟だった。そこに青年は躊躇なく入っていく。

(昔っから蛇には好かれるんだよな。昔はじゃまだったのに今は大助かりだ。それに洞窟ってのがいい。星空を見ないで済む)

 さきほど青年を驚かせたウサギを蛇たちの前に投げ出し、青年は奥に向かった。そこで自分が殺した男も持っていたスマートフォンのようなものを取り出す。その画面には「2017個」と大きく表示され、その下に小さく「182日 22:43」とあった。それを見て青年はため息をつく。

(これでようやく半分。そのうち500人くらいは最初の一ヵ月で死んだ奴だから…やっぱりペースが落ちてきてるな)

 置いてあった果実を食べながら青年は黙考する。さきほど蛇にやったウサギを食べる手もあったろうが、肉を焼くとなると火を使わなければならない。その光と煙で敵に見つかるのを恐れたのだろう。

「さて、始めるか。俺は防人武明。19歳。家族は父、母、兄一人の四人家族。ペットは猫が三匹。名前は…」

 小声で、しかしはっきりと声に出して青年、武明はしゃべり続ける。まわりに蛇しかいない状況で独り言を続ける青年、普通に見れば狂人の行動だろう。しかし武明のこれは違う。これは狂人に堕ちないための行動だ。一人だけで戦い続け、殺し続け、言葉を発することなどない。そんな状況で正気を保つために武明がとった行動が独り言だった。声に出して元の世界のことをひたすら言い続ける。それだけの行為で武明はかなり救われていた。すくなくとも独り言を初めて以来、蛇の顔が友人の顔に見えることはなくなった。

(よし、これくらいでいいか。あとはやっぱり武器の使い方を考えないとだな。いっそ一から見直すか。まず武器の特性は…)

 武明が把握している自分の武器の特徴は次のようなものだ。

 まず棒を掌で握ると光の鎖が伸び、棒と鉄球を結びつける。鎖はなみの金属以上の強度があるので防御にも使用可能。ただし、鎖を防御に使うような状況ではほぼ勝てないので逃げることを最優先にする。

 鉄球はかなり重く、ただ近距離で振っても当たらない。しかし棒を軸にして鉄球を振り回すと、回したときに鉄球が通った距離に比例して投げたときの速度が上がる。そしてある程度の範囲なら狙った場所に当てられ、その範囲も回すごとに広くなる。

 ここまでではかなり強い武器のように思えるだろう。遠くから鉄球を振り回して投げるだけで当たるのだ。遠距離戦ならばかなり使える武器のように思われる。

(まず鉄球が重くて回すのがキツすぎる。そのうえ振り回すためにけっこうスペースがいるし、回した分のエネルギーは一分しか保たない。投げた後は鎖が見えるし、鉄球回収するときにも位置が丸わかりだ。夜は鎖が光るから一層見つかりやすい。正面から投げたら避けられるから背後から投げなきゃならないがなかなか上手く位置をとれない)

 イメージとしては現代の銃撃戦に旧式の大砲を持たされて放り込まれたようなものだ。いくら威力があっても撃つのに時間がかかっては撃てないし、小回りがきかない。そのうえ派手なので即座に位置がばれる。集まってきた敵を迎撃、などという真似もできないので一度撃ったらすぐに逃げなければならない。

(せめてこの柄がもう少し長ければな。もうちょっとやりようがあるかもしれないのに)

 柄が長ければ両手で持って振り回すこともできる。いっそ柄そのもので殴ることもできる。そんなことを考えながら、武明の意識は遠のいていった…。

 

 

 あくる日、武明はおかしな予感とともに目を覚ました。今日を境に何かが、というよりも全てが変わってしまいそうな、そんな予感だった。

(どうにも昔からこの手の予感はよく当たる。良くない予感はなおさらだ)

 それでも何もせずにいるわけにはいかない。昨日は食料を採りに行く予定だったのだが、近くで戦闘が行われていたので行けなかった。一日中続いた戦闘が終わったようだったので見に行ってみたところ、男が無防備な状態でいたので狙い撃ちにしたのだ。

 さいわい、ではなく故意になのだろうがここには食料になる物が多い。動植物は当然ながら、なぜか缶詰や携帯食料が落ちていることもあった。

(とっとと脱出して肉が食いたい。蛇たちが煙を嫌うから火を通した物すら食ってない。これじゃ体が保たねえ…)

 植物だけでも生きてはいける。しかし肉は恋しくなるし、温かいものを食べたくもなるのだ。さすがにその欲求のために命を危険にさらすほどではないが。

(昨日あれだけ派手にやってたんだ。今日はぎゃくに少し遠くに行ったほうが安全かな)

 善は急げ、ということでさっそく出発した。30分ほど行った場所にアケビの群生があった。アケビは食べてよし、蔓を加工して使ってよしの便利植物だ。

(ありがたい、持って帰れはしないがとりあえず食ってくことはできる。ついでに蔓も採っていって運搬に使おう)

 まさに一つ目に手を伸ばそうというとき、近くから物音がした。とっさにその方向を振り返り、武器に手をやり…そのまま固まった。

 そこにいたのは少女だった。背中に背負った短槍に手を伸ばした姿勢で、こちらも固まっている。この島で人間を前にして固まる、などというのは自殺行為だが、そうせざるを得なかった。武明はその少女を知っていたのだから。

「ソラ!?」

 武明が叫ぶ。

「リク!?」

 少女が叫ぶ。

 その一言だけで二人は理解する。「こいつは自分の知り合いのあいつではない」と。あいつが自分の名前を間違えるはずがない。

 そこから先は慣れたものだった。互いに自分の武器を抜き、構える。呼吸も同然にできる、できるようになってしまった動作だ。

 武明は腰を落として左手に柄を持ち、右手は光鎖の中ほどを持っている。振り回す、防御する、どちらの動作にも移行しやすい体勢だ。相手の武器の特性が分からない状態では汎用性こそが求められる。

 少女は右足を引き、半身になって短槍を構えている。穂先は武明の心臓に向けられており、なにか動きがあれば即座に刺し貫くという意思を感じさせる。

 互いに手が出せない状態のまま、どれほどの時間が過ぎたろうか。じっさいには数秒だったはずなのだが、当事者には何時間にも思えたことだろう。しかしその一触即発の空気を一気に変える音が響き渡った。

 ぐぅ~~~

 それはどちらが発した音だったのか。あるいは二人ともが発したのかもしれない。

「…槍使いさんよ、一つ提案があるんだが」

 この島に来て以来、人と会話をするなどはじめてだな、と思いながら、武明は言葉を紡いでいく。

「あんたもそうとう腹減ってんだろ? とりあえずアケビ食う間は休戦しないか?」

「…ふざけないで。あなたのその武器は遠距離戦向きのものでしょう? 食事のふりをして逃げて、そのあとで殺そうって魂胆が見え見えよ」

 こちらも人との話し方を忘れているかのように、一語一語確かめるように話していく。すると

 ぐぐぅぅ~~~~

と先ほどよりも大きな音がした。その途端に少女が耳まで赤くなる。どうやら今回は少女の腹の音だったようだ。

「そう思うなら逃げさせなきゃいいだろ。近くにいるかぎりはそっちの槍のほうが断然有利だ」

 あえて腹の虫の声には触れず、冷静に話す。まずは時間を稼がねば、生き残る方法を考えるための時間を稼がねば自分はここで死ぬ。武明はそう悟っていた。

「…いいでしょう。貴重な食料が血で汚れたらもったいないですからね。ほんの少しの間ですが休戦としましょう」

「そりゃどーも。俺の名前は武明。そんであんたの名前は?」

 手近にあった大き目の実をもぎながら、自然を装って聞く。だが、この島では人と会話している状況が不自然極まりない。

「なぜそんなことを聞くのですか? この食事のあとにどちらが生き残るにしても、意味のないことでしょう。死ぬ人間に名前を教えてもしょうがないし、殺されるならそもそもこの食事すら意味がなくなる」

「そう言うな。この間合いでやったら間違いなく俺が負けて死ぬ。投擲武器で近接武器に勝てるかってんだ。俺からすればあんたが人生で最後に話す相手になるんだ。名前くらい聞いておきたいさ」

 こう言いつつも、武明は諦める気など欠片もなかった。こうして話せば話すほど、考える時間が増えていく。時間が増えれば生き残る確率も上がる。

「…星羅」

「星羅か。殺される相手の名前としてはなかなか良いな。星の羅刹とはなんとも強そうだ」

 言いつつ二つ目の実に手を出す。こちらは大きくはないが、そのぶん味が詰まっていそうな実だった。

「見え透いた時間稼ぎを。あまり無駄にしゃべるようでしたら、即座に休戦をやめて再開してもいいのですよ?」

「知り合いの顔したやつを殺せるか?」

 そう問われると星羅はびくっ、とした。出会い頭の会話からして、武明と星羅は他人の空似のようだ。武明は星羅の知り合いに似ており、星羅は武明の知り合いに似ている。

「…殺せますよ。あなたはリクではない。顔が似ているだけの別人です。躊躇する理由がありません。そう言うあなたは私を攻撃できるのですか?」

「できるさ。お前はソラじゃない。なら…できるはずだ」

 この時点で、二人は会話を始めてしまったことを後悔していた。互いに話しているうちに知り合いとの差異が分かり、ためらわずに攻撃できるようになると思っていたのだ。しかし話せば話すほど自分の中の人物像と目の前の人間が重なってしまう。

 それは半年もの間、誰とも会話してこなかったために人物像があいまいになり、いま話している相手寄りに修正されているだけなのかもしれない。それでも二人は互いを攻撃しづらくなっていった。

 けっきょく、二人の名乗り合いは無駄にならなかった。

 

 

 二ヵ月ほど後、武明と星羅は共闘していた。互いに他人の空似であるという偶然と、初めて会ったときの会話中に戦闘に巻き込まれ、そこで仕方なく共闘したことが原因だった。今では殺し合う相手としてではなく友人として支え合っていた。

「ただいま~、よろこべ星羅。今日はなんと乾パン拾えたぞ。いったいどこから湧いてるのかは謎のままだが食えるからな」

「お~、そういえば今日はこれが始まって250日の節目だし奮発しようか。たしかスパム缶一個あったよね?」

「ああ、置いといたって味が良くなるわけじゃないんだから食っちまおう」

 武明の声に皮肉げな響きはなく、星羅も敬語を使わない。命綱たる武器の特性も教え合い、二人は着実に勝ち進んで、いや生き残っていた。基本は星羅が敵に正面から挑み、武明が側面から仕留める、という戦法を取った。

 星羅の武器は一見するとただの短槍なのだが、これは槍ですらない。多節棍という武器があるが、それになぞらえて言うとこの武器は多用棍だ。槍で言えば穂先にあたる部分の形を自由に変えられるのだ。相手に近づけたときにすこしだけ長さを伸ばして攻撃を当てたり、マジックハンドのようにして木の実を採ったりとその用途は様々だ。しかし形は変えられるが体積は変わらないので、汎用性は高いが決定力がない。武明の武器とは真逆の武器だった。

「さてと、では250日生き残れたことを祝して」

「ついでにこれからも生き残れることを祈って」

「「いただきます」」

 いまの星の数は2415個。この二ヵ月ほどで398個増えた計算だ。これで生き残っている人間は1585人。しだいに人に遭遇すること自体が減ってきていた。

 この調子でいけば武明と星羅が最後の二人になることもあるかもしれない。二人はその未来を望みながら、その未来が来ることを最も恐れていた。その状況になれば、必ずどちらかがもう一方を殺さなければならないのだから。

「あ、武明、端末見て。なんか新しい機能が追加されてる」

「んー、『1500の大台に乗ったことを記念してマップ機能を追加』? 今さら島の地図もらってもな」

「…いや、ちゃんと説明読みなよ。これ私たちにとってはかなりマズイ」

 この地図機能は島の地形と人の所在地を知らせるものだった。人の位置が更新されるのは朝8時、午後4時、午後12時の三回。今はざっくりとした位置しか表示されないが、人数が減ってくればもっと詳しく表示する機能や名前を表示する機能(・・・・・・・・・)も付ける、とのことだった。

「たしかにマズイな。俺らの強みは不意打ちだ。そもそも共闘なんて真似が想像すらされない状況だったから俺らは強かった。まだ大丈夫だがこの名前表示機能が追加されたら…」

「ちゃんとチェックする人なら共闘してる、って気づくよね…。正直なところ武明の攻撃は防ぐのは大変だけど避けるのは注意してればできるからね」

「痛いところをついてくるな…。でも名前が表示されても自分が戦ってるのが誰なのかなんて分からないんだから武明(おれ)と星羅(おまえ)が共闘してる、ってバレてもあんまり関係ないんじゃ?」

「…そこの議論も大事だけどもっと大事なことができたよ」

 満足に議論も食事もできていない状況で横槍が入った。この洞窟は足音が響きやすい。入口から歩いてくればそうとう奥にいてもその音が聞こえる。

「了解、一人か?」

「うん、でも私たちがここにいることに気づいてるみたい。ここまで一直線に、蛇たちを切り殺しながら近づいてきてる」

 さっきの帰りに尾けられたか、と後悔したが、今はそれどろではない。洞窟内では武明の武器がまったく使えないのでまずは洞窟外まで逃げなくてはならない。いくつかある抜け道のうちから侵入者と会わずにすむ道を選んで通って行った。

 

 曲がりくねった洞窟を抜け、地上に出る。このまましばらくここで待機し、侵入者がここに上がってくればそれでよし、来なかったらこの洞窟は捨てよう、という話になった。食料や作った道具などは惜しいが、しょうがない。

「それじゃあ待ち伏せだね。私は出口の近くに隠れるから武明は…」

 その時、星羅の体が横に飛んだ。跳んだのではなく飛んだ。すさまじいスピードで樹に叩きつけられ、そのままうめき声すらもらさずに横たわる。

「…!」

 さっきの侵入者の共闘者か、またはまったく別の誰かか。誰かは分からないが攻撃を受けたことだけはたしかだ。武明は地面に這いつくばるとその姿勢のまま鉄球を地面の上で回し始めた。火事場の馬鹿力で振り回し、その威力を手近な地面に叩きつける。もうもうと土が舞い、何も見えなくなる。その隙に武明は星羅を担ぎ上げて逃走した。

 

 

「星羅! 星羅しっかりしろ‼」

 必死で声をかけながら、起こさないほうがマシかもしれないとも思ってしまった。星羅の脇腹には杭のような物が深々と刺さっていた。一目で助からないと分かる傷。それでも声をかけずにはいられない。たとえただの自己満足だったとしても、最後にもう一度話がしたい。その思いが届いたのか、星羅がうっすらと目を開けた。

「うるさいよ…武明。せっかく……逃げたのに、無駄にするつもり…?」

 腹に穴が開いているというのにその苦痛をまったく見せずに星羅は話す。もしかしたら痛みを感じる余裕すらなくなっているのかもしれない。

「やられた…ね。このところ……楽に勝ってたから…油断した…かな」

「なあ、星羅。いつかこうなることは覚悟してたよ…。でもさ、俺はどうすればいい? 今お前になんて言えばいい? これから俺はどうすればいい? 一人じゃもうなにも分からないんだ…」

 二人とも、口調は恐ろしいほどに落ち着いている。これまでさんざん殺してきたのだ。自分が死ぬ未来だって、嫌というほど想像している。ただ、「ああ、こう死ぬのか」と思うだけだ。それほどまでに感覚が麻痺していた。

 だというのに何故なのだろう。自分が生き残ったことを喜ぶよりも、相棒が逝ってしまうことが無性に悲しいのは。

 だというのに何故なのだろう。自分が死ぬことを悲しむよりも、相棒が生き残ってくれて無性に嬉しいのは。

「ねえ、武明、私はいま、嬉しいよ。」

 喋り方が滑らかになった。それすらも、何かが改善したからではない。ただの偶然。または主の気持ちに体が最後の力を振り絞って応えた結果だろうか。

「死んじまうってのに、何が嬉しいんだよ」

「これで私は君を傷つけないで済む。殺さないでいいんだ。もう悩まないでいい。もう葛藤しないでいい。ようやく素直に言える」

 ふー、と長く息を吐く。胸につかえていたものが取れて、ようやく吐き出せたとでもいうように。

「武明、私は君が好きだよ。だから君を傷つけたくない。でも私には自殺する強さすらない。だからずっと怖かったんだよ、私たち二人だけが生き残る未来が」

「…そんなもん、俺もだよ」

 人間性を丸ごと奪われた状況下で、これ以上ないほど人間らしく過ごせた。それは相棒のおかげだ、と。二人ともがそう思っていた。

「ね、武明、武器貸して。柄の部分だけでいいから」

 武明は無言のまま柄を差し出した。星羅はそれを自分の多用棍の先端に取り付けた。そのまま先端の形を変えてそこに固定する。すると出来上がったのは長めの柄から伸びた光鎖とそれに繋がる鉄球。モーニングスターと呼ばれる武器だった。

「よく『明けない夜はない』って言うでしょ? ならさ、武明がこの夜を明けさせてよ。私は星になって見てるからさ」

「…それじゃ夜を明けさせたら星羅に会えなくなっちまうじゃねえか。このまま一人ぼっちで生きていけ、と?」

 いつの間にか二人の目からは涙が溢れていた。それは月明りを受けて星のように輝いていた。

「大丈夫だよ。明けない夜がないのと同じように暮れない昼はないから。夜になればまた会えるよ」

「それなら俺は夜明けに居たい。そうすれば夜が明けた世界を見ながら、お前と一緒に居られる」

「ははっ、明けの明星、モーニングスターか。できすぎだね、色々と」

 それなら、夜明けで待ってるよ。そう言うと少女は星になった。

 

 

 件のマップの名前表示機能は自分の端末から名前を登録、登録がない場合は本名を表示する、というものだった。武明は迷うことなく「モーニングスター」と登録した。

 

 殺し合い(ゲーム)開始から1年9ヵ月9日8時間2分21秒、生き残りはただ一人となり、長く昏い夜は明けた。

 最後まで生き残った青年は、他者から武器を譲り受けた唯一の人間、光鎖を使い、光り輝く金星の名を名乗る青年だった。

 

 青年がその後、どうなったのか。それは星だけが知っていることだろう。

 

                   

あとがき

 はじめましての方ははじめまして。お久しぶりの方はお久しぶり。Black deerです。まずは約一万字という量を読んでくださり、ありがとうございます。拙い文章ではありますが、お楽しみ頂ければ幸いです。

 とまあ、堅苦しいのはこのくらいにしまして。はい、現在時刻7月7日の30時7分でございます。…編集さん、すいません。7月7日の締め切りぎりぎりとなってしまいました(アウトともセーフとも言ってない)。わりと計画的にちょこちょこ書いてたんですが…。予定では五千字だった小説が一万字になっている辺りで何があったか察していただけるかと。

 私は今、筑波大学一年生となりまして、茨城県で一人暮らしを満喫しております。部屋をオタク一色に染め、新しくできた友人をオタクに染め、日々楽しく暮らしております。でも牛肉が恋しいです…。あと煮物。筑前煮とか食べたい。時間と手間とお金のかかる料理ができないので、母の偉大さを思い知る毎日であります。

 では小説のほうの解説(?)をば。お題が「星」でしたのでそのまま星じゃ面白味がない、と思って色々とひねってみました。が、どーにもしっくりくる案がなかったので

「もういい! 人が死ぬと星になる、って言うからそれを基にして書こう! どストレート万歳!」

というノリで書きました。けっきょく武器のモーニングスターのスターと絡ませたり、さいごに明けの明星に持ってくために主人公とヒロインの名前に「明」と「星」の字を入れるとか色々やってしまいました。私の文章力ではあまり凝ったものは伝えられない、と思ったので設定は簡単に。そしてストーリーもよくある感じに。けっこうやりたかったことはやれたんですが、もう少しひねってみてもよかったかな、と思ってます。

 さて、じつは私、一つの文章で一万字以上書いたのはこれが初めてです。小説家の方ってすさまじいですね。ラノベ一冊がだいたい十万字ですよ、あれ。それを三、四ヶ月で書くとかもう偉業というか異業ですよ。でも文字数の桁が上がってくのって楽しいですね。私たぶんあと二段階はないですけど。

 それでは恒例ですが謝辞を。ネタだしに付き合ってくれたオタク友達、執筆中に疲れた私を癒してくれたオタクグッズ(よめたち)、そしてここまで読んでくださったあなたへ、心よりの感謝を。

 これからも色々書いていこうと思っておりますので、見かけたさいにはちらりと見ていただけると大変喜ばしい限りです。

 それではまたお会いする日まで!

                   

2017年9月 HotchPotch:OPテーマ誌「星」